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「シュミレーション」と音位転換

更新日:6月20日

表題の「シュミレーション」に気がついた方も少なくないと思います。そうです、「シュミレーション」は、「シミュレーション(英語:simulation)」の書き間違いです。この間違いが私たちの関係している仕事の中でもちょくちょく見受けられ、先日弊社が手掛けた丸一日のワークショップでも、報告した研究者の8人のうち2人のプレゼン資料に、この書き間違いがありました。また、書き言葉だけではなく、スライド資料では「シミュレーション」と記載されているのにもかかわらず、発言ではどうも「シュミレーション」と発音しているとおぼしき方もいらっしゃいます。この間違いに私は学生の頃に自分自身の間違いを指摘されて気がつきましたが、そうすると、かれこれ20、30年以上間違いが生き長らえていることになります。スーパーコンピュータを利用したシミュレーション科学といった分野が生まれている今日にも根強く間違えられているのです。(なお、弊社の仕事としては、資料や発音がどうであれ、「シミュレーション」と正しています。)


間違える人がいなくならないのは不思議な話です。どうして何十年も間違いが続くのかな、とぼんやり思っていたところ、たまたま弊社の若手社員の一人も間違えて「シュミレーション」と書類に書いてきました。(ああ、やっぱりここにもいた)と思いながら、間違いを正してあげると、その同僚は一瞬バツの悪い表情をしたのですが、すぐさま「そうですか。本当ですか。では、聞いてきます」とさっと踵(きびす)を返して去って行きました。スマホで辞書を引いてもすぐに分かるのに、「聞いてきます」というのは、いったい誰に何を聞いてくるのか、変わったことを言う人だなと思ってその場は終わりました。


ところで、「シミュレーション」が間違えられる原因について調べて見ると、「音位転換」という現象から説明されることが多いようです。音位転換とは、単語内の音の並びが入れ替わってしまう現象とのことです。例としてよく挙げられるのが、「新しい」という言葉です。

・新たに(あらたに)

・新しい(あたらしい)

「あらたに」という表現が元々先にあり、形容詞的な表現としても「あらたし」だったのが、発音のしにくさのために、現在の「あたらしい」という表現に変わっているそうです。すでに平安時代に音が入れ替わっているそうなので、完全に定着していると言って差し支えないでしょう。この「音位転換」説によれば、シミュレーション」も「シミュ」という発音が日本語では珍しいために使い慣れず、「シュミ」と発声し、さらに書字にまで影響が及んでいる、ということでした。なるほど、そういわれてみれば、腑に落ちます。


さて、「聞いてきます」と言い残して去った同僚ですが、その後しばらくしてこの話題に戻る機会がありました。私が触れると、「はい、聞いてきました。私の両親は『シミュレーション』でしたが、友人たちの多くは『シュミレーション』と言っています。これは正誤の問題というよりも、世代によって違うということではないでしょうか」。(本当に聞いてきたのか!)と少し驚いている間に、また今回もくるっと踵を返して去って行きます。(いや、ちょっと待て・・・)という言葉ものみ込むしかありません(何だか私はこの去られ方のパタンが多いような気がします)。


なかなか独創的な見解とも言えるかも知れませんが、しかし、これから日本語がどのように変わっていくのかと想像すると、この「正誤の問題ではない」という意見には一理あるのかもしれません。たとえば、今の日本語の日常的な発話と書字の両シーンでは、英語のv/bやr/l(エル)の区別がほぼあきらめられています。実際、「ヴァイオリン」という表記ではなく、最近は「バイオリン」が多くなっているように感じます。また、「ヴァイオリン」と表記する人も日常では「v」の発音をしていないのではないでしょうか。和製英語、カタカナ語としての英語利用については、英語との合致にそれほど目くじらを立てる必要がないともいえそうです。


とすると、このまま国内限定の和製英語として「シュミレーション」が主流派に定着してしまう、という流れもありえるのではないでしょうか。もしそうだとすると、今われわれは、平安時代の人が「あらた」で体験したように、音位転換の完成の最中にいることになるわけです。しかし、他方で、いくら発話しやすいからといっても、このグローバル社会では国内事情だけでは通らないような気もします。やはり正誤の問題と見なされ、ゆくゆくは日本人も「シミュ」という発音になれてきて、これに統合されることももちろん考えられます。では、果たして将来はどうなるのでしょうか。・・・ここはスパコンでシミュレートしていただきたいところですね。


<参考>

国立国語研究所「ことば研究館」 2018.07.06 丸山岳彦氏

「ことばの疑問『シミュレーション』が『シュミレーション』と発音されるのはなぜでしょうか」

https://kotobaken.jp/qa/yokuaru/qa-38/





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