あの言葉たちは、もう月に届いただろうか。と空を見上げていましたら、数十年も昔の記憶の中に降るような星空が輝き出しました。
南アルプス赤石岳から静岡県を縦断して流れる大井川が、東海道と交わる辺りに、蓬莱橋という木造の橋があります。全長900mのこの橋は明治初期に架けられ、茶畑で有名な牧ノ原台地の開拓に寄与したそうです。
さて、遠い記憶の私はボーイスカウトの友人たちと夜間ハイキングの途中です。数十年前ですから、街を少し離れると夜道は結構暗いのです。懐中電灯を手に夏の山道を歩き、大井川に沿って下ってきた私たちは、蓬莱橋の上に寝ころんで休憩を取り、空を見上げていました。視界にあるのは雲一つない夜空だけです。しばらくすると目が慣れてきたのでしょうか、空には明暗様々の星が次々と現れてくるのです。あるいは白く鋭い光を放ち、あるいは黄色みを帯びて優しく瞬き。いつしかそれは満天を埋め尽くし、私たちに迫ってくるようでもありました。
反対に私たちの話し声は、星の隙間に吸い込まれ、何万光年もの彼方に吸い取られていくようで、私たちはただ黙って、長い時間、空を見上げていたように思います。
年を経て、空を見上げることが少なくなったのか、その空のことは忘れていましたが、いつだったかプラネタリウムで久しぶりの再会をしました。
「これがペガサス、これは蠍、オルフェウスの琴が見えますか。」ナレーションは夜空に神々の物語を紡ぎ出した大昔の人たちの浪漫に観客を誘います。「さて、それでは最後に、街の灯りを消してみましょう。」そうして、徐々に街を暗くしていきますと、あの時と同じように次々と星が現れてくるのです。ベガも白鳥もみずがめもみんな飲み込んで、空一面、隙間もないほどの星空となったのです。まるで、人の営みのすべてを包み込むかのように。
夏ですね。満天の星空を見てみたくなりました。
(営業部 T.N.)